二度発症したり、陰性から陽性になるのもおそらくそれが原因
複数の受容ルートと複数の増殖手段を持つ不死身のウイルス
前回、以下のような記事を書かせていただきまして、そのタイトルに「究極のウイルス」というような文言を入れさせていただきました。
[究極のウイルス]人類を破滅に導くパンデミックは、エボラやSARSのような凶悪な病原体ではなく「発症しづらく致死率の低い軽い風邪のような病原体」だと2年前にジョンス・ホプキンスの科学者が警告していた
この記事で「究極」と入れました理由は、2018年に、米ジョンス・ホプキンスの科学者たちが発表した「世界に深刻な脅威を与えるパンデミックはどのようなものか」ということで説明していた、その病原体の姿が「新型コロナウイルスそのもの」だったことに、ある種感を受けたわけで、「文明破壊ウイルス」として、ほぼ完璧な性能を持っている病原体であることがわかったことによります。
その記事で、新型コロナウイルスが以下のような特徴を持っていることを記しました。
・感染性が高い
・致死率が低い
・感染しても発症しないか軽症
このように「普通に考えれば危険には思えない」性質を持つ新型コロナウイルスですが、この性質がそのまま「現代文明の脅威となる」ということのようなんです。
この記事を書かせていただきましたのは昨日(3月10日)でしが、本日、「さらに驚きの研究結果」が明らかとなっています。
それがどういうものかといいますと、数々の国でこの新型ウイルスの分析が進められていますが、それらの研究の中で、
・新型コロナウイルスは複数の感染受容体(ウイルスが感染するために必要なもの)を持つ
・新型コロナウイルスは複数のプロテアーゼ(ウイルスが増殖するのに必要なもの)を持つ
ことがわかりはじめているのです。
「受容体」と「プロテアーゼ」というのは、大ざっぱにいえば、以下のようになります。
・受容体 → ウイルスが細胞に入るために必要なヒトの細胞表面にある酵素
・プロテアーゼ → ウイルスが細胞内で増殖するために必要な酵素
この「受容体」と「プロテアーゼ」は、特定のウイルスには、それぞれ特定の受容体とプロテアーゼが必要となります。
受容体については、以下の記事で取り上げたことがあります。
この記事では、新型コロナウイルスがヒトの細胞内に入るためには、まず、細胞の表面にある特定の「受容体」と出会わなければ、ウイルスは細胞に入ることができないことにふれました。
新型コロナウイルスの場合は、ACE-2 という名称の細胞表面の受容体に「のみ」適合し、それと出会った場合に、ウイルスは細胞内に入ることができます。
受容体については、大体、以下のような説明となりまして、「感染を防ぐ薬」というもののコンセプトも、このように「ウイルスと受容体を結合させない」ものがあると思われます。
コロナウイルスと受容体ACE-2
・Jons Hopkins
さて、先ほど、
> ACE-2 という名称の細胞表面の受容体に「のみ」適合
と「のみ」と書きましたけれど、最近の研究でわかったことは、新型コロナウイルスが必要とする受容体は「ACE-2だけではない」ことがわかってきているのです。つまり、多彩な感染経路を持っているのです。
さらには、感染だけではなく、「増殖」に関しても、新型ウイルスは特殊な性質を持っていることがわかってきました。
ウイルスは受容体と結合し、感染することになりますが、感染しただけでは、ウイルスはヒトの細胞内で活動を開始することはできません。
ウイルスは増殖していかなければなりません。
ヒトの細胞の中でウイルスが増殖するために必要なものが「プロテアーゼ」という酵素です。ウイルスは「受容体」と結合して細胞内に入り、「プロテアーゼ」と呼ばれる物質を利用して、細胞内で増殖を始めます。
つまり、どのようなウイルスでも、感染してヒトの細胞内で生きるためには、「受容体」と「プロテアーゼ」のどちらも必要なのです。以下のような感じです。
・Preventing Spread of SARS Coronavirus-2 in Humans
ちなみに、この図を見てわかることは、
「ヒトの細胞は、適合するウイルスと出会った時に一生懸命、感染と増殖を手助けする」
ということです。ウイルスが自分の意志(?)だけで細胞に侵入することは不可能であり、「自分に合う受容体」と「増殖などに利用できるプロテアーゼ」が細胞内になければ、感染も増殖もできないのです。そこでおもしろいのは、「人間の細胞は特定のウイルスに適合する受容体とプロテアーゼを持っている」ということです。
これが意味するところは、「人間の身体はもともとウイルスに感染するようにできている」ということにもなります。
仮に、進化論というものがあるとすれば、こういう機能は、種として生き残るためには進化的に「不要なもの」ののはずですが、ひとつの最終形態であると思われる現在の人間には「ウイルスに自ら感染する」仕組みが明確に残されています。
「人間の」と書いていますが、実際にはウイルスに感染するすべての動植物がその機能を持っているということになります。そして、それらすべての動植物は、「ウイルスと受容体が合えば、ウイルスを細胞自らが内部に招き入れ」そして、「増殖の手助けをする」のですね。
生命の進化的な観点から見れば、「ウイルスに感染することは必要なこと」としか見えないのが興味深いです。
まあしかし、これについては今回の話とは関係ないですので、本題に戻ります。
さて、この、ヒトの細胞にある
・受容体
・プロテアーゼ
は、「特定のウイルスに対して、特定の受容体やプロテアーゼが適合する」ということになっていると思われます。以前、受容体とウイルスの関係を「カギ」と「カギ穴」で例えさせていただいたことがありますが、カギというのは、どのカギ穴でも開けられるわけではなく、開けられるカギ穴は決まっています。
基本的には、ウイルスと受容体、あるいは、ウイルスとプロテアーゼという酵素の関係もそのようなものだと思われます。
もちろん、すべてのウイルスがそうなのかどうか私はわからないですが、一般的には、
・特定の一種のウイルスには、特定の一種の受容体
・特定の一種のウイルスには、特定の一種のプロテアーゼ
が対応するものだと理解しています。
そして、ここで今回の本題となるのですが、新型コロナウイルスは、
「受容体もプロテアーゼも多用に対応している」
ことがわかってきたのです。
つまり、
「多様な感染ルートを持ち」
「多様な増殖の手段を持つ」
というものすごいウイルスであることが明らかになっているのです。
先ほどの例えですと、新型ウイルスは、「ひとつのカギで、数多くのカギ穴を開けられる」のです。
これが意味するところは、もちろん、ウイルスそのものの強靱性を示すものでもありますけれど、それと共に、
「治療薬やワクチンを作るのが非常に困難」
であることを示します。
なぜかといいますと、先ほどの図をもう一度載せますが、以下は治療薬のコンセプトのひとつですが、「ウイルスと受容体の結合を阻害する」ということを目的に作ろうとしている治療薬だとお考えいただければと思います。
この場合は、新型コロナウイルスが「 ACE-2」という受容体「にだけ結合する」ことが念頭にある概念ですが、しかし、仮に、
「複数の受容体に結合できて感染するウイルスだとどうなるか」
とか、あるいは、
「細胞表面全体に結合できる能力を持つようなウイルスならどうなるか」
となりますと、このような「受容体との結合を阻害して感染を防ぐ」タイプの予防薬は「事実上作ることができない」ことになります。結合を阻害する目標の受容体を絞ることができなくなるからです。
薬の開発にはもうひとつの方向があります。
いわゆる「抗ウイルス薬」と呼ばれるものと同じようなものなのかもしれないですが、先ほど出てきました、ウイルスが細胞内で増殖するために必要なプロテアーゼというものを阻害するという方向です。
これができれば、「ウイルスが細胞内で増殖することを防ぐ」ことができることになり、治療薬となり得ます。
しかし仮に、「複数のプロテアーゼを利用できるウイルス」というようなものが存在したならどうなるでしょうか。これもやはり対象となるプロテアーゼを絞ることができないために、治療薬の開発は事実上不可能となると思われます。
そして、新型コロナウイルスはどちらの条件も満たしているウイルスであることがわかったのです。
「複数の受容体に感染する」ということについては、以下の記事ですでにふれています。
インドの科学者たちが発表した「新型コロナウイルスの中に存在するHIV要素」を中国やフランスの科学者たちも発見。それにより、このウイルスは「SARSの最大1000倍の感染力を持つ可能性がある」と発表
これは、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストの記事をご紹介したものですが、そこに以下のようにあります。
(新型コロナウイルスは)スパイクタンパク質を切断して活性化し、ウイルス膜と細胞膜の「直接結合」を引き起こす。これによりウイルスに感染する。
中国・南海大学によるこの研究が正しければ、新型コロナウイルスは、受容体などとの結合という面倒な手間を飛び越して、
「ウイルス膜と細胞膜の《直接の結合》を引き起こす」
性質を持っている可能性が高いのです。
このウイルスのきわめて高い感染性の理由のひとつはこれだと思います。
そして、ウイルスを活性化させ増殖させるために必要な細胞内のプロテアーゼに関して、通常は「ひとつの種類のウイルスは、ひとつのプロテアーゼを利用する」というように思われるのですが、
「新型コロナウイルスは少なくとも 8種類のプロテアーゼを利用して増殖できる」
ようなのです。
本当に考えられないほど「完璧」なウイルスなのです。
それらについて、複数の大学の研究発表をまとめていた、タイランド・メディカルニュースの記事をご紹介します。
査読中の論文によると、SARS-CoV-2 には、知られている結合モードの他に「三番目の結合モード」があり、他の種と比較して突出した強力なコロナウイルスとなっている
Preprint Research Shows That SARS-CoV-2 Has Third Binding Mode, Making It A Truly Potent Coronavirus That Is In A League Of Its Own
Thailand Medical News 2020/03/09
新型コロナウイルス SARS-Cov-2 が、アンギオテンシン変換酵素-2(ACE2)受容体を利用して、ヒトの細胞と結合することは初期の段階の研究からよく知られている。SARS-Cov-2 が受容体 ACE2 を利用することは非常に多くの研究によっても検証されている。
その後、新型コロナウイルスが HIV ウイルスに類似した変異遺伝子を含み、フーリンと呼ばれる別の酵素を介してもヒト細胞を攻撃または結合することができるという衝撃的な事実が明らかになった。
これは、中国での 2つの研究とフランスでの 1つの研究によって検証された。内容はこちらで報じている。この複数の感染と攻撃モードを持つことが、新型コロナウイルスの感染拡大の度合いが激しいことの要因となっていると見られる。
そして、現在、エジプト・カイロ大学の微生物学者であるアボド・エルフィキー(Abdo Elfiky)博士が率いる科学者チームによってリリースされた新しい研究があり、それは、何と新型コロナウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスの突起の部分)はヒト細胞の GRP78 と呼ばれる受容体にも結合できることがわかったのだ。これについては、同じ研究が、ドイツとフランスで進められており、もうじき論文が発表されると見られる。
つまり、新型コロナウイルスは、細胞に対しての 3つの感染受容経路を持っていることになる。この研究の意味は、それ以前に判明していた「新型コロナウイルスが 2つの侵入モードを持つ」ことと同様に驚異的なことであり、そして、これは、このウイルスが、通常のウイルスなら休止状態になるほどの少量のウイルス量でも人体に損傷を与え、合併症を引き起こす可能性があることと関係している。
また、これはまだ発表されていない研究だが、匿名条件でゲノム研究者とウイルス学者が以下のように研究について述べた。
これまで、新型コロナウイルスは、細胞内で活性化するために「 TMPRSS2 」と呼ばれるプロテアーゼを利用していたことがわかっている。
その研究者たちが ACE-2 受容体 の細胞内への侵入モードを研究していたとき、この新型コロナウイルスが利用しているプロテアーゼが TMPRSS2 だけではないことがわかったのだという。
研究者たちは、新型コロナウイルスは、少なくとも 8つの異なるプロテアーゼを利用できることを見出したと述べた。
これが事実だとすると、新型コロナウイルスに対しての阻害剤や薬剤を開発しようとするときに、状況を非常に困難にする可能性が高い。また、酵素フーリンを使用して細胞内に入ることができるとすると、事態はさらに複雑だ。
その研究者たちは、今後発表されるこの研究の内容が確認されれば、新型コロナウイルスの治療のための適切な薬剤の開発に大きな障害が出る可能性があると述べる。
ここまでです。
内容的には難しい部分もあるのですけれど、要するに、
「新型コロナウイルスは、通常のウイルスとは比較にならない強力な感染性能と、細胞内での維持性能を持っている」
ということになります。
阻害薬や、抗ウイルス薬の多くが、その個別のウイルスに対応する「受容体」と「プロテアーゼ」が特定の1つだとして開発されると思われます。
しかし、新型コロナウイルスは、「それを複数持っている」ということで、これはおそらくとしか言いようがないですが、
「治療薬は開発できない」
という可能性が高くなってきたと思われます。
・・・・・改めてものすごいウイルスだと感じます。
前回の記事「究極のウイルス…」に記した性能と合わせますと、この新型ウイルスは以下のようなものである姿が鮮明となってきました。
新型コロナウイルス SARS-Cov-2 の特徴
・多様な感染受容ルートを持つために感染性が極めて強い(少量のウイルスでも感染できる)
・細胞内の複数の酵素(プロテアーゼ)を利用して増殖できる
・つまり、ごく少量のウイルスでも死滅せずに発症する可能性がある(検査で陰性と出ても発症する可能性も)
・それなのに、発症率と症状は低く、誰が感染しているかわかりにくい
・致死率が低い(感染者が生きている限り、ウイルスは死滅しないので社会全体のウイルスの絶対量が増えていく)
・発症期間が極めて長い(ウイルスの外部への放出期間が長い)
こういうものであるようです。
感染して発症すると、1ヵ月ほども長引くのは、この「細胞内の複数のプロテアーゼを利用できる」ために、ほんの少量のウイルスが残っているだけの状態で(普通なら症状が消えるようなウイルス量でも)発症が続くということなのかもしれません。
あるいは、中国でも日本でも起きている、「退院したのに、再び発症した」というのも、「陰性判定が出たのに、後に陽性となった」という理由もこの「複数のプロテアーゼを利用できる性質」によるものだと思われます。
朝日新聞デジタル 2020/03/07
秋田県で6日、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から下船した秋田市在住の60代の男性が新型コロナウイルスに感染していたことが確認された。
男性は船内の検査で陽性となり入院したが、その後2回の検査で陰性となり退院。その後の検査で再び陽性と判明した。
おそらくは、「検査では検出されなないほど体内のウイルス量が減少して、検査では陰性と出た」けれど、「ほんのわずかに残っていたウイルスが細胞内の複数の酵素を利用して、また増殖を始めた」ということだと思いますが、このあたりは私は素人ですので、推測にすぎません。
しかし、この推測が正しいのならば、今後ずいぶん長期間にわたり、私たちの社会は、非常に「面倒な時代」を過ごすことになってしまうのかもしれません。致死率が低いことにより、病気の拡大がそう簡単に終息することもなさそうで、「ウイルス自体の変異による消失」を待つしかなくなりそうです。しかし、それがいつになるのか。
いずれにしても、日を重ねるにつれて、このウイルスが「史上最強のウイルス」であることが、さらにわかり続けています。
薬剤・ワクチン開発的な対抗策がかなり厳しいものになってきているかもしれない現状で、いったいどういう策が考えられるのでしょうかね。
願わくば、今回ご紹介したような論文も含めて、医療にお詳しい方々が、何らかの示唆を得られて下さるようなことがあれば幸いです。
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