アメリカの極秘文書が伝えるヒトラーの意外な素顔|||●中国発の“疫病”が変えた地球史
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アメリカの極秘文書が伝える ヒトラーの意外な素顔
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画像はヘブライの館2さんのページに載っていますのでそちらを参照してください。 本文の内容からヒットラーが世間で言われるような極悪の人物ではなくて、彼に出会った人々が誰もが認める素晴らしい人格と才能を持った 超天才であったことが推察できます。 坂本廣志氏によると彼は宇宙人の世界でも認められる軍事の天才であり、宇宙人の世界でも、宇宙船に乗って攻めてくる悪い宇宙人の種族を撃退する 役目を遂行しているそうです。 ヒットラーはドイツでは単なる画家であったのですが、事故により両目が見えなくなってしまったらしいのです。 ところが、ヒットラーが"あいつ"と呼ぶ存在の声が聞こえて、「ドイツの総統になってくれたら、目を見えるようにしてあげる」と言われて その条件と交換で、彼はドイツの総統になったそうです。 ヒットラーはドイツ敗戦の時に地下壕で自殺したと言われていますが、死体はヒットラーのものではなく替え玉だったようで、ヒットラーは すぐに宇宙人にどこかに連れていかれて宇宙人の世界で活躍していたようです。 そういうことを考えると、どうも地球の人類の歴史は、宇宙人によってその時々に人類の指導者となる人物を 与えられてきたのかもしれません。 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの教祖も宇宙人であったのでしょう。 だから彼らは未来が分かったということなんですね。 未来が分かることが、人類の指導者の必須条件なのかもですね。 多数の人々を信じさせるには、未来を予言して、その予言が的中するのが一番てっとり早いということでしょうか。 坂本廣志氏も2020年には氷河期が来ると言われています。 ところが4月になっても日本では氷河期らしき兆候が見えません。 しかし、2020年の夏頃までには、急に寒くなると坂本廣志氏の予言は信頼できるということになります。 今急に思いついたのですが、ヒットラーは人々の前で、なぜ"あいつ"とヒットラーに話しかける存在について呼称したのでしょうか? あいつなんて言えば、その存在は卑しむべき存在としか想像できません。 もし"あいつ"を"あの方"と呼べば、"あの方"は神様と説明しても、人々は納得してくれるのに わざと"あいつ"と言っています。 ということは、ヒットラーは死んだと人々に思われてから、100年以上もの間、ヒットラーは狂人であったと思われないといけないという事情が宇宙人側の 思惑のなかにあったのかも。 アメリカの極秘文書が伝えるヒトラーの意外な素顔(ヘブライの館2さんより) ▼にヒットラーの画像が多数紹介されています。
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No.a6fhc611
アメリカの極秘文書が伝える
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中国発の“疫病”が変えた地球史
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伊勢雅臣氏講演会内容
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Subject: 中国発の“疫病”が変えた地球史 [4月12日 LIVEセミナー開催] 伊勢雅臣の 国際派日本人養成講座 LIVE 世界に誇る「和の国」の根っこ “根っこ”が育む自由と人権 編 「民主主義は西洋からの輸入品という 考えは一種の”自虐史観”だった!?」 *講座の参加募集は4/11(土)まで [a:https://in.powergame.jp/iskni2_2003_gene?cap=merumaga]詳しくはこちら ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 中国発の疫病が変えた地球史 from 伊勢雅臣 中国発の疫病は史上、何度も世界に広がり、 地球史そのものを変えてきた。 コロナウイルスは広がる一方ですが、 平成15(2003)年に流行した SARSよりも大きな問題に発展しそうです。 中国発の疫病はいままで何度も全人類を襲い、 地球史そのものを変えてきました。 今回もその可能性があります。 以下の記事はSARS流行の際に 書かれたものですが、主張点はそのまま現在に通用します。 是非、ご一読ください。 ■1.SARSは「封じ込められた」だけ■ 7月5日、世界保健機関(WHO)は 新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)に関し、 最後に残っていた台湾に対する 「流行地域」指定解除を発表した。 これによって死者812人、 感染者8439人もの猛威をふるった SARSは世界全体で「制圧」されたと マスコミ各社は報道した。 しかしこの「制圧」とは、 新型肺炎が絶滅したという意味ではない。 WHOの発表の原文では "the global SARS outbreak has been contained (SARSのグローバルな爆発的流行は封じ込められた)" であり、SARS自体はいまだ脅威として 残っている事を意味している。 これを「制圧」と訳したのでは、 あたかも人類がSARSの脅威から永久に 解放されたような錯覚を与えるもので誤訳に近い。 WHO は例年インフルエンザが広まる冬季に、 新型肺炎が再流行する恐れが十分あるとして、 引き続き警戒を呼び掛けている。 インフルエンザ・ウイルスやSARSを 引き起こしたコロナ・ウイルスなど 呼吸器感染症を起こすウイルスの多くは、 寒くて乾燥した環境を好み、冬季に流行する。 インフルエンザ・ウイルスは 夏の間はヒトの体内で軽い症状の感染を 繰り返しながら潜み、冬を待っているという。 コロナ・ウィルスも夏の間に ひそかに感染者を広げ、 冬にまた猛威を振るい始めるという 可能性が十分あるのである。 来シーズンもSARSが中国でぶり返したら、 どうなるだろうか。 今シーズンは百十数カ国が中国人の 入国ビザ停止など中国隔離政策をとった。 今度はそれ以上に厳しい措置がとられるだろう。 しかし歴史を辿れば、 中国発の疫病が世界にまき散らされ、 地球史を大きく変えたというケースは 何度も見られるのである。 ■2.中世ヨーロッパを襲ったペスト■ 8世紀頃に約2700万人だったヨーロッパの人口は、 その後、順調に増大して1300年には 7300万人にまで膨れあがった。 しかし1348年にペストが大流行し、 わずか3年間で人口の三分の一を失うにいたる。 健康な人間が伝染病で次々と 倒れていく様を見た人びとは、 今まで信じていた神に懐疑的となり、 これが宗教改革のきっかけとなった。 この時のペストがどこで発生したかについては 諸説あるが、もっとも有力な説は 中国の南宋王朝で流行し、南宋と戦っていた モンゴル軍へと伝染したというものだ。 チンギス・カーンの孫で南宋征討を行っていた モンケ・カーンはその途上でペストにより病死している。 モンゴル帝国はアジアの大半から ヨーロッパにかけて広大な領土を占有し、 その支配下で中央アジアのステップ地帯を横断する 東西貿易が盛んになった。 その交易品の中にペスト菌を運ぶ ネズミがいたのであろう。 ペストは西アジアからクリミア、ベネチア、 北アルプスを経て、ヨーロッパ全体に広がった。 シルク・ロードは疫病の通り道でもあったのである。 モンゴル帝国は1200年から1350年に 最盛期を迎えたが、その後、弱体化し分裂していく。 中国においては1368年、 朱元璋が中国華南地域を統一し、明王朝を建てた。 モンゴル帝国が衰退した理由の一つに 異常気象とそれに伴う飢饉、 ペストの大流行が挙げられている。 1200年には1億3千万人だった中国大陸の人口は、 1393年には6千万人と半分以下になってしまった。 ■3.相継ぐ中国発の疫病大流行■ モンゴル帝国による元朝を駆逐して 新たな支配者となった明朝は1644年に滅亡するが、 その原因の一つになったのがやはり疫病の大流行であった。 明朝末期の萬暦・崇禎(1573年〜1644年)に、 華北地方ではペストや天然痘が猛威を振るい、 少なくとも1千万人の死者が出たという。 同時に飢饉が続き、 民衆が共食いをしたという記録が残っている。 各地で農民が反乱を起こし、 流民・流賊の移動がさらに疫病を広げる結果となった。 その混乱をついて満洲族王朝・清が1644年に 中国本土に侵入して征服したが、 順治18(1661)年の人口はわずか2460余万人だったという。 明王朝最盛期の三分の一でしかない。 1820年には広東でコレラが大流行し、 翌年には北京にも広まった。今回のSARSと同じ経路である。 その直後、1822年10月から11月中旬に コレラは初めて日本に上陸し、全土に広まった。 経路については2つあり、 中国との貿易拠点である長崎経由で伝わったという説と、 朝鮮から対馬経由で入ったという説がある。 いずれにしろ、日本は鎖国中であったが、 わずかな隙をついて、中国発のコレラに襲われたのである。 19世紀末には雲南省で発生したペストが中国全土に広がり、 広東省から香港を経由し、船でサンフランシスコに伝染し、 全米に流行した。インドでも600万人が死亡した。 この時、香港は英国の統治下にあったが、 英国側の調査に対して、香港の衛生担当者は 「ペストなどありえない。雨がふれば大丈夫」 と答えている。 情報隠しも今回とまったく同じである。 ■4.地球規模のウィルス感染■ 1918年秋、全世界で「スペイン風邪」 と呼ばれるインフルエンザが猛威をふるった。 世界で6億人が感染し、 死者は2千万人から4千万人と言われる。 日本でも2300万人以上が感染し、39万人が死亡した。 米国での死者は、南北戦争と 第二次世界大戦の戦死者よりも多かった。 「スペイン風邪」という名称から、 スペインが発源地と誤解されやすいが、 スペイン王室の一員がこのインフルエンザにかかって 新聞に報道されたことから、 この名称が使われるようになったらしい。 そもそもは1918年5月末、 フランスのマルセイユで流行し始め、 半月ほどの間に第一次世界大戦の 西部戦線でにらみ合っていた 両軍兵士たちの間に蔓延した。 一説ではマルセイユの前にインドで発生していて、 インド─マルセイユ間を行き来する 船に乗る人々によってフランス南部に 持ち込まれたと言われる。 そしてインドには中国・広東省から伝染した という説が多くの学者によって支持されている。 別の説では中国人労働者から 米国内の米軍人が感染し、 彼らがマルセイユ経由で欧州に 派兵させられたことによって 西部戦線に広がったという考え方もある。 この説でも発生地は中国と考えられている。 20世紀に入ってから、ウィルスによる感染症の 地球規模の大流行は3度あった。 このスペイン風邪と、57年のアジア風邪、 68年の香港風邪である。 いずれも中国発のインフルエンザだと言われている。 こうしてみると今回のSARSは中国発の 地球規模のウィルス感染としては、 20世紀に入ってからでさえすでに4度目と言える。 ■5.清浄の思想を持たない中国人■ なぜこのように中国が様々な疫病の 発源地となるのだろうか? 2の著者・黄文雄氏はこう説く。 中華文明は黄河の濁流から生まれた。 そこから、穢れを忌避しない 儒教のドグマ(教義)ができあがった。 そして、中国人は文明が誕生したときから今まで、 変わることなく清浄の思想を持ってこなかったのだ。 その結果、世界でもっとも不衛生で 不潔な国ができあがったのである。 かつて日本に留学し、 軍隊生活も経験した蒋介石は、 日本人の生活の規則正しさと清潔さに驚いたという。 蒋介石は、中国人はどこでも構わず痰を吐き、 家の中は掃除もしない。食事は立ったままで、 野菜の切れ端や残飯はあたりに撒き散らかされ、 足の踏み場もないほどだ、と嘆き、 1930年代に「新生活運動」を鼓舞して、 日本に学ぼうとした。 しかし、数千年来の生活習慣は、 一時的な精神運動で変わるはずもなかった。 現代中国においても、蒋介石が嘆いた有様は まだまだ続いている。筆者が広東省にある 日系企業の工場を見たときの事である。 その工場には女子作業者のための 5階建ての立派な寮があるのだが、 その隣にある平屋の建物の屋根には 残飯がたくさん散らばっていた。 驚いて日本人社長に聞くと、 寮の女子作業者たちが食べかすを 窓から投げ捨ててしまうのだという。 見つけたら罰金をとるなどして 一生懸命にしつけようとしているが、 なかなか直らないと、その社長は嘆いていた。 工場では一生懸命に働き、 また田舎の父母に仕送りをしている 感心な女の子が多いのだが、 勤勉や親孝行という徳目はあっても、 「清浄」という思想はないようだ。 日本でも最近は随分マナーが悪くなって、 道路でのタバコや空き缶のポイ捨てが 目立つようになったが、 さすがに自分の家の窓から残飯を 外に投げ捨てる人はいない。 ■6.近代化とは?■ シンガポールは中国系の住民が大半だが、 清潔で美しい街である。それもそのはず。 たとえばタバコの吸い殻を路上に捨てると 150シンガポールドル(約1万2千円)、 バスからゴミを捨てたら1000ドル(約8万円)、 その他、痰を吐いても、 公衆トイレを流し忘れても罰金が科される。 黄文雄氏は、中国人には「清浄」の観念が 欠如しているので、衛生向上のためには 法によって厳しく罰する以外、手がないのだ。 と主張している。 シンガポールは蒋介石が志した新生活運動を 厳罰によって成功させた事例と言えるが、 もう一つの成功例がある。 日本統治時代の台湾である。 清朝時代の台湾は 「瘴癘(しょうれい、風土病)の地」 とも呼ばれ、毎年のように数千名の コレラ患者が発生していた。 台湾平定時の日本軍は戦死者164名に対し、 病死者が実に4,642名という有様だった。 内務省衛生局長から台湾の民政長官に 抜擢された後藤新平は疫病予防は 上下水道の設置から始まるとして、 大規模な上水道と、パリの下水道にならった 排水路を建設した。 これらの上下水道は東京よりも ずっと早く完備したと、 台湾の人々は自慢にしていた。 また主要道路は舗装して深い側溝を作り、 汚水雨水の排出を速やかにした。 ほとんど都市の形をなしていなかった台北では 大都市計画を実行し、整然とした清潔な 市街を作り上げた。 さらに伝染病を抑えるために、 台湾医学校を設立して、多くの台湾人医師を育てた。 こうした努力により、台湾では 日本と同様の近代的な公衆衛生インフラが 築かれたのである。 しかし日本の敗戦によって 台湾に入ってきた国民党軍は、 再び疫病を持ち込んだ。 1946年にはコレラ、ペスト、 翌年には天然痘が大流行した。 いずれも日本統治時代に絶滅していた疫病である。 この時は国連の指導と救援で、 なんとか疫病撲滅に成功した。 近代化とは、目に見える高層ビルや 空港を作ることばかりではない。 現代のシンガポールや日本統治時代の 台湾のように上下水などの衛生環境、 検疫予防、医師の育成から民衆の 生活習慣改善まで地道な 公衆衛生インフラの整備が必要なのである。 今回のSARSの流行を見ても、 大陸中国ではこうした地道な努力が 欠如していると言える。 ■7.「東亜の病夫」■ こうした公衆衛生インフラの欠陥により、 中国は国外に疫病をまき散らしてきたのだが、 国内での不健康状態も日本人の想像を絶する。 揚子江流域は、 世界最大のB型ウィルス感染地帯であり、 感染者は1億人を超えている。 農村では6千万人から1億人の 住血吸虫患者がいる。 WHO(世界保険機構)の資料では、 首都・北京でさえ、人口の5割は 寄生虫保卵者であるとしている。 そのほか肺結核感染者が4億人いると 中国の衛生省が発表している。 さらに栄養不足や環境悪化からくる カルシウム不足が深刻化しており、 1億5千万人が歯の病気、 骨疎症にかかっていると言われている。 またエイズにいたるHIV感染者・患者数は、 2001年末の中国の公式報告では 3万736人だったのが、 突如、上方修正され、02年上期では すでに感染者・患者数は100万人を突破、 「対策が不十分だと、2010年には 感染者は1千万人に達する」との予測が 発表された。 これらに比べるとSARSの被害などは ほとんど無視できるレベルのものだ。 ただ海外諸国が大騒ぎをして、 中国の経済発展に直接的な ダメージを与えたからこそ、 中国政府は真剣な取り組みをしただけで、 現実には中国国民はそれ以上に 深刻ないくつもの病気に脅かされているのである。 戦前の中国は「東亜の病夫」を自認していた。 今は病気で弱っているが、 いずれ健康になれば「眠れる獅子」が 目覚めるのだという一種の強がりであると同時に、 もう一つ、疫病、風土病に悩み続けている国、 という意味もあった。 現在、沿岸の都市部こそ経済的に 「眠れる獅子」は目覚めたが、 後者の意味での「東亜の病夫」は まだまだ続いている。 ■8.「適度の距離」■ 日本はもっとグローバリゼーションを 推し進めなければならない、と多くの人が言う。 そしてグローバリゼーションとは 無条件に良いものと我々日本人は 受け止めやすい。 中国崇拝、欧米崇拝の伝統があるからである。 グローバリゼーションの始まりの一つが、 モンゴル帝国によって中国大陸から ヨーロッパまでの東西通商が 盛んになった事であるが、 この時に同時にペストが中国から シルクロードを通って中世ヨーロッパに運ばれ、 壊滅的打撃を与えた事を考え合わせねばならない。 光あれば影ありという 我々の常識を思いだそう。 グローバリゼーションにも当然、 影の部分がある。 「14億の巨大市場」 「安価で良質、無尽蔵の労働力」 に魅せられて日本企業の中国進出が続き、 日中の経済は史上かつてないほどに 一体化しつつあるが、 無数の「東亜の病夫」との一体化までは 何としても避けねばならない。 日本列島は中国大陸とは日本海で隔てられ、 遠からず近からずの「適度な距離」にある。 吾らが父祖はこの適度な距離を利用して、 巧みに中国文明の中から文字、仏教、 儒教、書画、茶などの良い部分のみを 選択的に輸入し、同時にアヘンや宦官、 戦乱など悪しきものは頑なに拒んできた。 グローバリゼーションが声高に 叫ばれる現代こそ「適度な距離」という 伝統的な叡智を思い起こすべきであろう。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ __________ 無料メールマガジン『国際派日本人養成講座』 http://blog.jog-net.jp/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ <著者紹介> 伊勢 雅臣 1953年東京生まれ。 東京工業大学 社会工学科卒。 日本の大手メーカーに就職後、 社内留学制度により、 アメリカのカリフォルニア大学 バークレー校に留学。 工学修士、経営学修士(MBA) 経営学博士(Ph.D.)を取得。 生産技術部長、事業本部長、 常務執行役員などを歴任。 2010年よりイタリア現地法人社長。 2014年よりアメリカ現地法人社長を歴任。 イタリアでは約6千人、 アメリカでは約2.5万人の外国人を束ね、 過去最高利益を達成するなど 成果を上げてきた。 これまでの海外滞在はアメリカ7年、 ヨーロッパ4年の合計11年。 駐在・出張・観光で訪問した国は 5大陸36カ国以上に上る。 1997年9月より、 社業の傍ら独自に日本の歴史・文化を研究。 毎週1回・原稿用紙約15枚の執筆を22年間。 正月休み以外は毎週続け、 発行したメールマガジンは1148号を超える。 筑波大学等でも教鞭をとり、日本の未来を担う 「国際派日本人」の育成に尽力している。 「国際派日本人」養成講座 メールマガジンの登録はこちら: https://1lejend.com/stepmail/kd.php?no=172776 ///メルマガ事務局からのお知らせ/// [4月12日 LIVEセミナー開催] 伊勢雅臣の 国際派日本人養成講座 LIVE 世界に誇る「和の国」の根っこ “根っこ”が育む自由と人権 編 「民主主義は西洋からの輸入品という 考えは一種の”自虐史観”だった!?」 *講座の参加募集は4/11(土)まで [a:https://in.powergame.jp/iskni2_2003_gene?cap=merumaga]詳しくはこちら ********** 私たちは 「日本人を情報戦に強くする」 ミッションのもと、SNSでも 役立つ情報を配信しています。 よろしければフォロー・登録して いただけると嬉しいです。 <北野 幸伯のパワーゲーム> ↓ [a:http://123direct.jp/tracking/cr/8LKcac3X/317329/24329596]>公式YouTubeチャンネルに登録する <ダイレクト出版政経部門・ルネサンス> 一流の有識者の発信する 最新情報〜裏話までお届け。 ↓ [a:http://123direct.jp/tracking/cr/JpNM3el8/317329/24329596]>公式YouTubeチャンネルに登録する ******* ”日本人を情報戦に強くする” われわれ日本人は、主に「情報戦」によって あの勝ち目のない戦争に引き摺り込まれ、 敗戦の苦しみを味わいました… 「二度と同じ過ちを繰り返してはいけない」 「あのとき、どうすれば勝てたのか?」 多くの日本国民が、その反省・教訓を知らないせいで、 今、新たに始まった“米中覇権戦争”でも、また負け組に 入るかもしれない岐路に立たされています… 私たち一人一人が、世界の大局を正しく読み解くことで、 厳しい時代でも豊かに暮らしていけるように… 賢い国民が増えることによって、今度こそ、 日本が勝ち組に入り、希望ある日本を次の世代に 受け継いでいくこと… それこそが、私たちの目的です。 ======================================================= 発行者情報:ダイレクト出版・「パワーゲーム」運営事務局 運営:ダイレクト出版株式会社 住所:〒541-0052 大阪府大阪市中央区安土町2丁目3-13 大阪国際ビルディング13F メール:support@prideandhistory.jp ======================================================= <メール配信解除URL> 以下をクリックすると全てのメールマガジンの配信が停止されます メール配信停止は [a:http://123direct.jp/cancel/cancel?ckey=cQJym7Ey&raid=253572]ここをクリックしてください (一度のクリックで配信停止になりますのでお気をつけください) [img:http://123direct.jp/tracking/apop/cQJym7Ey/raid253572]
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